20140114


 とある街の寂れた宿で、一行は旅の疲れを取っていた。宿に泊まれる晩はよい。交代で見張りを立てる必要もなく、心置きなく枕を高くできるから。
 モミジは眠りにつく瞬間まで、月を眺めていた。今宵の月は心なしか、いつもより白く、ぼやけている。それがどうにも不思議で、理由を月に問い続けている間に、意識を手放していた。
 夢。意識が睡眠下にある際に思い浮かべるもの。それは、脳による記憶の整理だと言われている。したがって、夢日記をつける行為は脳がせっかく整理した記憶を掘り返すというので、夢と現の境を麻痺させ、気が狂う、とされている。真偽のほどは定かでない。
 モミジの見ているそれも、彼女の記憶がごった返しにされ、なおかつ彼女の心象風景とぐちゃぐちゃに結び付き、とても一言では書き表せぬ内容であった。
 ただ、その中で一つ、異質なものがあった。彼女の記憶のどこにもなく、どこからか介入してきたイレギュラー。その衝撃は、モミジが眠りから覚めてからも、色濃く残り続けた。







「星を探す?」
 朝。部屋から出てきた仲間たちが一同に食堂に揃う。そこでモミジが第一声に発した言葉に、一同は意味がわからないというように首を傾げた。
「そうなんですよー!! 昨日夢でお月様が現れて、想いを託せば届けてくれるお星様が降るよって教えてくれてですね!」
 だからお星様、探しましょうと。
 モミジはやや頬を上気させつつ、早口に申し立てる。
「星、ねえ……」
 月からのメッセージ、想いを届けるお星さま、などと思いつつ、半ば呆れたように呟く阿伽。言葉にして伝えないところは彼の優しさである。
「想いを届けてくれるってすっごいロマンチックですね! ターくん知っていましたか!?」
「いや、初耳だけど……」
 ターキアは読書が好きであるから、もしかすれば何かの文献などで目にしてはいないかという期待の眼差しが向く。しかし、残念ながらターキアのデータベースには記録されていないようであった。ニコラの問いかけに、モミジは一瞬期待を寄せるも、落胆し、肩を落とす。
「お星さま、落ちてくるの? あたしも見たいな!」
 目を輝かせるドリーゼルの傍らで、
「ウン子、お前知っとらへんの?」
「ウン子って呼ぶな! ……残念だけどあたしも覚えはないわね。少なくとも精霊に関する事柄ではないんじゃないかしら」
 イズリと、水の精霊たるウンディーネの言葉にも、やはり落胆せざるをえないモミジであるが、では諦めましょうかとなる彼女ではない。もとより、手掛かりなどそう容易く入手できるとは思っていないのだ。
「探しましょう、星を!」
「探すって言ってもさ、何の手がかりもないのにどうするの?」
 ターキアは至極全うな質問を投げ掛ける。それに返すように阿伽が「インダリルカはどうだ」と言った。インダリルカとは、とある大都市の名前である。人の行き来も多いそこでなら、何か手がかりが得られるのではないか、というのが彼の考えであった。
 こうして一行は、まずインダリルカに向かった。







 さて、インダリルカに着いた一行は早速、阿伽・モミジペア、ニコラ・ターキアペア、イズリ・ドリーゼルペアの三手に分かれて聞き込みを開始することとなった。
「星? 知らないねえ」
「星が落ちるっていやあ、大惨事じゃねえか。おお、こわいこわい」
「食べられるお星さまなら今持ってるよお。コンペイトウって言ってねえ」
 尋ねども尋ねども、返ってくる答えは期待しているものとは違う。情報収集ならと向かった酒場やギルドなど、どこに言っても全く関係ない答えばかりだ。
「阿伽殿、なかなか情報が得られません……」
「ま、そりゃそうだろう。正直なところ俺たちだって半信半疑なわけだし」
 それでもこうして、全力で協力するのは、ひとえに仲間だからと。口にはしないでもモミジには充分伝わった。その優しさが嬉しくて、よりいっそう真実を欲する気持ちが増す。なんならなくってもかまわない、ただ真偽だけでも知りたい。
 集合商店の二階隅にある、小さなレストスペース。そこに、とある男女の二人組が座っている。
「あの、すみません。お尋ねしたいことがあるのですが……」
 モミジが遠慮がちに声をかけると、男女は和やかな談笑を止め、こちらに顔を向けた。
「なんだい?」
「願いを届ける星が降る、という話について、何かしっていますか」
 阿伽の質問に、二人は顔を見合わせる。やはり、ここでも収穫なしだろうか。
 と、その時。
「ねえ、あの人なら分かるんじゃない? ほら、さっきの路地裏の」
「ああ、あの占い師か」
「占い師?」
 モミジが聞き返すと、男性の方がああと頷き、
「ここを出て右にいったところにある、本屋の横の路地にね、占い師の男がいたんだ」
 曰く、その占い師はどことなく不思議な雰囲気を醸す赤毛の男性であったという。彼なら、あるいはその不思議な話について、何か知っているのではないか。そうではなかったにせよ占い師であるし、探し物について占ってもらってはどうかと、男性は言った。
 とりあえず二人に礼を告げ、モミジと阿伽はその占い師のもとへ向かうことにした。
 集合商店を右に出ると、空き家を二軒挟み、本屋があった。
「阿伽殿、あの方でしょうか…?」
 本屋の入り口のやや隣に、赤毛の男がたっている。路地から出てきたのだろうか、占い師のような風貌の彼は、確かにどこか異質な雰囲気を醸していた。占い師のすぐ前には紫の布がかかった台座があり、不気味な水晶玉が鎮座している。
 二人が近づいていくと、占い師は緩慢な動作でこちらを向いた。赤いフレームの眼鏡の奥で、赤と緑のオッドアイが気だるげに瞬く。
「おや、こんにちは」
「あの、お訊ねしたいことがあるのですが……」
 モミジは、やや気圧されつつも、星の噂について占い師に尋ねた。すると、占い師はにたにたと笑みを貼り付けて、
「ええ、存じておりますよ」
「ほんとですか!? 聞きましたか、阿伽殿! こんなにも早く手がかりが手に入りましたよ!!」
 やや興奮ぎみに言うモミジとは裏腹に、半信半疑であった阿伽は「本当だったのか」と驚いていた。そんな二人を眼下におさめつつ、占い師は自分の前に置いてある水晶玉へと手をかざした。二人の視線は自然と水晶玉へと移り、そして同時に息を飲んだ。その中では、成形途中の人間の胎児に似たものが浮かんでいたのである。
「……はじまりの、」
 そんな二人の胸中など知る由もなく、占い師は口を開く。
 はじまりの花 降りし丘にて
 銀の星 降らむ
 想い託せよ さらば
 隔てし物 消え 想い届くだろう

 占い師のそれは、詩のようであった。しかしその内容は、間違うことなく二人の求むものである。すなわちこの詩こそが、道標なのだろう。
「はじまりの花……?」
「丘……」
 阿伽とモミジは互いに顔を見合わせる。何の心当たりもないようだ。
「あの、占い師さん。それはどういう……?」
「知りませーん」
 占い師は、一転しておどけたような口調で返す。モミジは目を丸めた。
「申し訳ありませんが、私からあなた方にお伝えできることは以上です。あとはどうぞ自力で頑張ってください」
「そうですか……。ありがとうございました」
 これ以上得られるものがなければ仕方がないと、二人は頭を下げたのち元来た道を引き返していった。あとに残った占い師は、やはり当たり障りない笑みを貼りつけたままで、水晶玉に手を置きながら、 「面倒くさいですねぇ、全く。それにしてもあの子達の邪気の無さには驚きますよ。ええ、実に。偽り騙ることも、疑い浸ることも一切なく、きらきらと美しい。流石に傷一つないとまでは言いませんが、まあ…………。私も、こちらにいたなら、今のようにひねくれることもなかったかもしれません。いいんですけどね、今の方が俄然面白いですから。人生」
 相変わらず、多くの人々が行き交う。
 見目様々な人々が、思い思いに。
「ねえ? お前も、そうは思いませんか」
 胎児が、こぽりと動いた気がした。
 次の瞬間、本屋の入り口には何もいなくなっていた。







 日暮れ。宿に戻った一行は、それぞれ今日得た情報を報告しあった。といっても、収穫があったのは阿伽・モミジペアと、イズリ・ドリーゼルペアしかいない。ニコラ・ターキアペアの方は何も得られなかったらしい。そもそも半信半疑のままで動いていた彼らにその結果は、やはり空言であったと思わせるに充分であったのだが、自分たち以外に収穫があったのと知り、ニコラもターキアも驚愕の色を隠しきれずにいた。
「ほな、ワシらからな。その星が降る場所へは、人の足では行かれへんらしいわ。渡し人ゆう奴がおるんやと。でも噂やし、実際にいって帰ってきた奴からの証言とちゃうらしいゆうて、信憑性は低い思う」
「その渡し人へはどうすれば会えるんだ?」
「さあ……。そこまではちょっと……すまん」
 申し訳なさそうに頭を下げるイズリに対し、「いや、ならいいんだ」と阿伽は笑った。
 続いて阿伽が、占い師から聞いたことを報告する。ただこれも確実な情報とは言い難く、ターキアが素っ気なく「からかわれたんじゃないの」と言った。するとニコラが「信じることこそがロマンなんですよ、ターくん」と、まるで小さい子に注意しているかのように言う。ターキアはいささか不服そうに顔をしかめた。
「皆さん……ありがとうございます」
 そんな中でぽつりと、モミジは頭を下げた。
「たかが私の夢ごときに、ここまで協力してくださって、ありがとうございます。でも、もう手がかりの得ようがない気がしてきました。だから私、」
 諦めます、と。続けようとしたその時、
「明日も探そう」
 阿伽がそう言った。
「たった1日で諦めるのは早すぎるんじゃないか?」
「せやでー。せっかく新しい手がかり入ったのに、見つけようないから諦めるんはちょっとなあ。もう少しねばろや」
「そうですよ! ニコラもお星さまにお願い叶えてほしいです! ターくんもそう思いますよね!?」
「僕は……」
 別に、と続けたかったのが本音だが、空気がそれを許さない。なおかつニコラの、やけに力の入った眼差しからは逃げることもできず、
「まあ、うん……」
 モミジの身体から、ぽんぽんっといくつか花があらわれる。これは彼女が喜びを感じた際にあらわれるもので、事実モミジは溢れんばかりに喜色満面であった。
 夢を見た、その使命感に駆られたとは言えど、他からすれば突拍子もない思い付きと大差ないのに。なんとあたたかな仲間たちであろうかと。 「ただ、な? ちょお聞いてほしいんやけど」
 イズリが申し訳なさそうに口を開く。
「ドリ子、今日昼間からいきなり腹いたなったみたいでな。今も先部屋いかせてんねやけど、明日回復しそうになかったら、ワシ様子見るためにここ残るわ……」
「あ、はい! それは全然! というか大丈夫なんですか……?」
「あー、まあ大丈夫やろ。見境なしにほいほいもの食うとったからなあ、それちゃうか」
「じゃあ、明日は俺とモミジと、ターキア、ニコラで動くか」
「はーい」
 その日はそこで切り上げ、一行は早々に部屋に戻った。
 相変わらず、少し変わった月は煌々と輝き、窓枠から入り込んでモミジを照らす。柔らかな月光に包まれながら、モミジは夢を見ていた。想いがきちんと届く夢。あの人の驚く顔。
 それはそれはあたたかな夢であった。







 翌日。四人はそれぞれ別に行動することにしたわけだが、一人きりになったモミジは早速途方に暮れた。というのも、ターキアは図書館に行き、阿伽とニコラはそれぞれ全く別の方向から聞き込みに向かったのである。ただむやみやたらに聞き込みをしてまわるよりは、自分もポイントを決めて攻めるべきではないか。しかしそのポイントとは。
 思案をめぐらせながら歩いていたため、全く前を見ていなかったモミジは、前から歩いてきていた人物とモロにぶつかった。
「きゃっ」
 少しよろけたモミジに反し、相手は大きく尻餅をついた。
「わわっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
 慌てて駆け寄るモミジ。ぶつかった相手は、同い年くらいの褐色の少年であった。見たことのないフェイスペイントを施された顔はやつれ、金の瞳は心なしか虚ろである。
「…………」
「あ、あの……大丈夫、ですか……?」
「………た」
「え?」
「お、なか、へった……」
 それきり少年は意識を失ってしまった。
 流石にモミジ一人の腕では抱えきれないため、近くを歩いていた男性に声をかけ、すぐそばの定食屋に運ぶ。行き倒れたことを伝えると、店主は快く簡単なまかない料理を寄越してくれた。美味しそうな匂いに飛び起きた少年は、間髪入れず食事を始め、皿の上はあっという間に空になった。 「ありがとう、たすかった」
「いえ、どういたしまして。では、用事があるので失礼しますね」
「うん」
「星の降る丘、はじまりの花……」
 思わず漏れたことにも気づかないまま、モミジは立ち去ろうとする。が、その時。
 少年に二の腕をがしっと掴まれ、引き留められた。
「え?」
「『星の降る丘』ちがう……。それ、時狂いの丘……」
 少年の言葉に、モミジは弾かれたように振り向く。
「知ってるんですか!?」
 少年はこくんと頷いた。
 時狂いの丘。どうやら自分達の求む場所は、そう呼ぶらしい。
「時狂いの丘、はこぶ。おいで、まちのいりぐち、まってる。ごはんの、お礼」
 そう言うと、少年はくるりと踵を返した。
 ひどく拙い言葉ではあるが、彼はそこへ連れていってくれるらしい。とするとあの少年が丘への渡し人なのだろう。
 少年は、街の入り口で待つと言っていた。
「皆さんに知らせないと!」
 モミジは慌てて駆け出した。






 モミジに呼び集められ、一行はインダリルカの入り口に集合した。ドリーゼルは腹痛で休んでいたため、イズリが自分と二人でここで待つと断ろうとするも、あたしも見たいの一点ばりでほぼ無理やりの同行となった。
 入り口には先ほどの少年が既に来ていた。
「来た」
「お待たせしてすみません」
 少年は、モミジの連れてきた五人の顔を一通り見渡したあと「かまわない」とだけ言って、次に空を仰ぐ。
 広大な青空に向かい、口笛を一つ。するとどこからともなく降りてきたのは、巨大な藍色のドラゴンであった。
「乗って」
 少年に促されるままに、一行は巨大なドラゴンの背へと乗る。最後に少年が乗ると、ドラゴンは一声鳴いて、ざっと飛び上がった。
 そのままドラゴンは上昇する。一行が落ちないよう背面の平行姿勢を保ちながら、斜めに上昇していく。街も、森も、泉も海も、そして山も。みるみるうちに眼下へとおいやられていく。
「なあ、モミジ」
 きゃあきゃあとはしゃぐドリーゼルやニコラを横目に、阿伽はぽつりと声をかけた。
「はい?」
「お前の、届けたい想いっていうのは……」
 最初にこの話を耳にした時から、抱いていた疑問。推測。阿伽はそれを確かめようとして、やはりやめた。途中で言葉を切られたモミジは、気になって仕方がないというようであったが、でもすぐに何を聞かれようとしていたのかに思い当たり、聞き返すことをしなかった。
「お月さまは、どうして私だけに教えてくださったんでしょうね?」
「それは、モミジだから、じゃないか?」
「私……、だから?」
「わからないけどさ」
 ドラゴンはどこまでも高く、高く昇っていく。酸素が薄まり、いくらか息苦しくさえ感じ始めるほどにである。
 目の前に巨大な雲の塊が現れる。しかしドラゴンは避けることなく、むしろためらいなく突き進んだ。目にした以上に大きいものであったのだろう、雲の中を進む時間は、体感であるが長かった。そうして長い長い時間薄暗い雲の中を進み、ようやっと抜けた、その先に広がっていたもの、それは。
「う、わあ……」


 夜明け前の色をした、むせかえるような星空。銀の星が際限なくこぼれ落ちる。その下、緩やかに波打つ雲の大地に生える、幾本もの木々を色づけるは、仄かな光を内包した桃色の花弁。吹くはずのない風に揺さぶられて、雪のように、星とともに、降るふる。


「ここ、『時狂いの丘』」
 少年はぽつりと言う。
「そういうことか……」
 一人納得したように呟く阿伽へ、イズリが「何がや?」と尋ねる。
「占い師の言葉の意味だよ。はじまりの花っていうのは、桜のことだったんだ」
 はじまりを告げる、春の花。恐らく時狂いというのは、季節外れという意味であろう。冬のような、春のような。季節の狂ったこの場所で、頭上に広がる星空から星が、立派な桜の木々からは桜が、降り続ける。
 そのあまりにも非現実的かつ、幻想的な光景に見とれていたモミジの肩を、少年が呼ぶように叩いた。モミジが振り向くと彼は、どこからか取り出したものを彼女に渡す。
 細い、ネックレスチェーンだ。
「星を、」
「星を?」
 少年は黙って頷くだけである。
「ニコラわかりました! つまりー、これを使ってネックレスにしろってことですよ!」
 自信満々に言うニコラ。少年はよくわかっていなさそうであったが、とりあえずというように頷く。
「お星さまのネックレス! いいと思う! 素敵だねっ」
 ドリーゼルも賛同するように言い、笑った。
「なあなあ、このサクラゆうんも一緒に届けたらどないやろ」
 そこから先は、多分彼らも気づいていたのだろう。ただ一つの想いのために、一番伝えたい、想いのために。
 銀の星を拾い集めて。
 舞い降る花弁をかき集めて。
 細い鎖に通った、小さな小さな銀の星屑と、これから先の幸せをきっと届ける、はじまりの花を。
「お星さま。どうぞ、届けてください」

 想い託されし星は、一際強い光に包まれながらソラへ昇り、やがて見えなくなっていった。

 そこから先の記憶は、不思議と誰の中にも残っていない。気がつくと一行はインダリルカの宿屋にいた。あの不思議な体験は夢か現かさえ、わからないまま。
 その晩に見た月は、数日前と同様に、何の変哲もなく綺麗な月であった。




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これを読んでから届いた荷物をあけるようにいわれてたのであけると




泣きました……。届いた、隔たりし物消えて届いたネックレスと桜が。
(下の画像の桜は私が量産したやつですが笑)
音谷が紡ぐ言葉のなかでモミジたちが自然と動き回るのがすごくわくわくしました。
モミジが想いを伝えるってことは阿伽に?あれ、でも阿伽も協力してるし…あれ?と思いながら読んでたので
まさかの私にでびっくり嬉し泣きでした。
音谷ありがとうございました!

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